奈良に行ってきました。
なぜ奈良に行ったのか。それは恐らく神様に呼ばれたから(?)
「まあそういう場所って呼ばれなきゃ行きませんよね」って話を担当の美容師とか、観光タクシー運転手のおじさんとしていました。何をもってして呼ばれてるのかはよく分からないですが、とにかく呼ばれたのでしょう。
たとえ旅程が台風とかぶっていたとしてもね。
前に京都に行ったときも台風に拒まれてなかったか……?
旅程1日目
観光タクシーに乗り込んで、運転手さんとの挨拶もそこそこに奈良のまちをドライブ!
天理教で有名な天理市ってこんな感じなんだな(病院とかの建物がすごい)と思いながら目的地へと向かいます。
最初の目的地は石上神宮(いそのかみじんぐう)
布都御魂大神を主祭神、布都御魂剣をご神体とする神宮。
日本書紀に記載されている神宮は伊勢神宮とこの石上神宮だけであり日本最古クラスの神宮です。
神社は鳥居、参道の中央は神様がゆく場所だから左右どちらかに寄って歩くというのは存じ上げていたんですが、鳥居をくぐる(神域に出入りする)瞬間は、鳥居の右側を通るのであれば右足から、左側を通るのであれば左足から踏み出さないといけないと運転手さんからレクチャーを受けました。知らなかった。
天気としてはあいにくな感じでしたが、七五三や結婚式などが行われており、どちらかといえばめでたい雰囲気が漂っていました。
運転手さん曰く、「普段はもっと静かで厳かな雰囲気です」とのことです。
さて、石上神宮を後にして街中にある巨大な大鳥居をくぐってたどり着いたのは大神神社(おおみわじんじゃ)
本当にふりがなふっておかないと「おおかみじんじゃ」って読んじゃうって。石上神宮も「いしがみじんぐう」って読んじゃうって。
大神神社は大物主神を主祭神とし、三輪山をご神体とする神社。
豊穣・厄除け、さらには酒造りにもご利益があるのだそうです!ありがたや~!
大神神社の中にあり、大神の荒魂を祀る狭井神社(さいじんじゃ)には、三輪山に登拝するための入口がありますが、登拝中の撮影はもちろん飲食も禁止なのだとか……。入口の前にあった注意事項の看板には、登拝中のことを話したりするのもいけないと書いてあったような?厳しい規則を遵守し、敬虔な気持ちでお参りする場所でした。私は登拝はしませんでしたが……。
狭井神社の拝殿脇にある薬井戸で、万病に効くといわれる水を飲みました。意図的ではなかったんですが朝から何も口にしてなかったのでその日初めて口にしたのがそのお水でした。有難く飲ませていただきました。
お参りを終えたら近くの三輪そうめんのお店でそうめんと柿の葉寿司をいただきました。写真無いけど。
そうめんも美味しかったし、柿の葉寿司がお茶のような良い香りで、酢飯も甘さがあってすごく美味しかったです。
午後は飛鳥方面へ。
奈良は古墳がたくさんあるんですが、ちゃんと管理されている皇族の古墳以外の地方豪族などの古墳は、言われないと「え!?あれが古墳!?」となるくらい景色になじんでいました。
「あれは〇〇古墳で~」と運転手さんがおっしゃってくださるのを車窓から眺めながら向かったのは、石舞台古墳。
日本最大級の横穴式石室で、諸説はありますが蘇我馬子が埋葬された古墳なのではないかと言われています。
古墳の盛土が無くなっているのは、壬申の乱以降没落した蘇我氏を辱めるためではないのか?という説があるらしいけれども、真相は誰も知らない歴史の中。
こことキトラ古墳見てるあたりが大雨のピークで、「こんな雨でびしょ濡れになって寒い思いしてまで古代人の墓を有難がって見なくてもいいのでは?」と弱音を心に思い浮かべていました。本当にひどい天気だった。絶対呼ばれてない。めっちゃ拒まれてる、古代人に。
でも高松塚壁画館はよかったです。古代人の見てた星座も北斗七星みたいなやつとかオリオン座っぽいやつがあるのを見て「みんなこの繋げ方するのか!?繋げたやつが大陸から伝わってきたのか!?」と感動しました。多分後者。
写真は撮ってないですが、古墳を見終わった後に飛鳥寺にお参りし、鞍作鳥が作ったとされる釈迦如来像を拝見しました。蘇我入鹿の首塚を見たり、鐘楼で鐘を鳴らしたり。
ちなみにお釈迦様のポーズは右手が「心配すんな」左手が「みんな救う」という意味だそうです。フランクに訳しすぎましたが大体そんな感じらしいです。
このあたりの記憶が薄いのは、石上神宮と大神神社でメインどころ以外にも摂社をめちゃくちゃまわっていて歩き疲れていたのと、古墳見学の時に雨で体力がじわじわ削られていたせいです。
一日目の旅程を終え、ホテルで早々に休み二日目に備えます。
二日目は春日大社でお散歩からスタート。
エリア的に昨日はまったく見かけなかった鹿を大量に見ることになって気が狂いそうでした。鳴き声怖いし。同時に「修学旅行で行った奈良ってこんな感じだったわ」というのも思い出しました。
二日目は天候に恵まれて雲一つない青空の中お参りなどしました。
人様の御朱印待ちの間に奉納された絵馬とか見てたんですが(縁結びの絵馬がピンクのハートで可愛かったです)、縁結びの神社にある絵馬って誰かしら大切な人のことを考えて絵馬が奉納されてるんだなと思って、なんとなくその尊さみたいなものの輪郭を触ったような気がしました。人のために願えることがあるって良い。
その後は歩いて東大寺へ。
南大門の金剛力士像と、大仏殿の釈迦如来像を久々に目にして「でっか」と思いました。目の当たりにした対象の立派さに反比例して感想が薄味すぎる。
東大寺の大仏は平安時代で、金剛力士像は鎌倉?南北朝?時代くらいだと思うんですけど、その時代の技術でこれだけ大きなものを作った・作ろうとしたって本当に正気だったか?と思いました。公共事業の側面もあったかもしれないけど。
お昼は東大寺の近くの「牛まぶし三山」さまで!
美味しかったです。
ここのスタッフさん「興福寺行かれるんですか?そこの横断歩道わたってもらってずっと右に行ったら着きますから!今五重塔が工事中で見られないんですけど、逆にレアですよ!」って本当に親切で。次もここでご飯食べたいです。
興福寺。
ここが一番楽しかったんですが、中金堂の中も国宝館も撮影禁止で思い出を目に焼き付けるしかなかったです。
国宝館の中にあった千手観音と阿修羅像が向かい合ってる空間がすごかったですし、迦楼羅像は可愛かったです。
八部衆はインド神から引っ張ってきているとのことで、見学中に「迦楼羅像ってガルーダのことか?」と思ってこのブログを書いている今調べたら本当にガルーダのことらしく、今まで見聞した知識でちゃんと正解にたどり着けたことが嬉しいです。やったー。
興福寺見学後はならまちをちょっとフラフラして帰路につきました。
神道系の奈良も、仏教系の奈良も楽しかったです。
また行こう、奈良。
【おまけ】
今回の旅行で一番「へ~!」と思ったこと。
多聞天と毘沙門天の違いって、ほかの四天王と飾られているかどうかだそうです。
ほかの四天王がいたら多聞天、単体だと毘沙門天。
今までなんとなく別物として捉えていたのでかなり感心しました。
忘れないようにここに書き残しておきます。